2009年4月4日、自由と生存の家開設記念シンポジウム「ハウジングプアから見えるもの 生活の場を奪われた者のたたかいと自治的空間の創造」(神宮前隠田区民会館1F)が行われました。
<シンポジスト>
フリーターたちの住まい「自由と生存の家」の活動が始まった(中)
2009年04月09日05時06分 / 提供:PJ
http://news.livedoor.com/article/detail/4101428/
(上)からのつづき。「自由と生存の家設立記念シンポジウム」で、湯浅誠・反貧困ネット事務局長は「労働者が失業した場合、たとえそれが自己都合でない場合でも、失業保険が支給されるまでに時間がかかる。就職安定資金貸付や生活保護申請後も審査期間において、住民票が必要な制度である。定住の住まいがないと、政策のセーフネットからも洩(も)れてしまう」とし、選挙権などの市民権の喪失につながることを問題にした。
また、反貧困ネットの組織でも、低料金の住宅の提供を考えたが、共同運営にはさまざまな課題があるので実施していないとし、今回の「自由と生存の家」の活動を支援しながら、参考にして行きたいとその後の展開に期待を見せた。
作家の雨宮処凛・反貧困ネット副代表は、失業が原因で野宿になるパターンは日本に「居住保障政策」がないから起きる。欧州では見られない現象であることを指摘。知人に40代の女性ホームレスがいるが、人間不信で派遣村に招いても拒否していた。「自由と生存の家」が2階の部屋を女性向けに考えていることを知ったので、その女性に勧めてみたい、と語った。
雨宮さんは1975年生まれ。自身のいじめや自殺未遂の体験を書いた『生き地獄天国』で作家デビュー。『生きさせろ! 難民化する若者たち』で日本ジャーナリスト会議賞受賞し、ファンからは、「ワープア(ワーキング・プア)のミューズ」や「プレカリアートのマリア」などと称されている。それでもブログでは、「書くこと」だけで食べているが、いつ失業するかはわからず、いつ失業をしたのかもはっきりしない状況で、焦りから仕事をし過ぎて過労死しても、どこにも責任を問えない状況を告白。そして、「私は『まさか自分が』という思いで野宿生活に入ってしまった人々の話をとても他人事とは思えない」と書く。
「派遣ユニオン・日産ディーゼルユニオン」の藤堂悟書記長は、ユニオンは 3人から始まり、現在でも6人程度。藤堂さんたちは、契約期間中なのに解雇を言い渡されたのでユニオンを結成し、解雇の違法性を会社側に抗議をしたところ「いや、ごめん。撤回するから、活動みたいなことは外部に広めないで」と、6月までの雇用を維持することになり、現在休業補償を受けながら社会活動しているという。その先の仕事の見通しはない。
藤堂氏の話では、派遣社員の多くに、不当な仕打ちを受けたのだから組織を作ろうと呼びかけても、逃げるように黙って去っていく人が多いという。それは社会人として弱みを持っているという意識があるのではないか。また、会社側からも、派遣は見下される存在なのだという、洗脳のような刷り込みをされているために、多くの派遣社員は人権意識を持って戦うという気力さえも失っているのではないかという。そして、現在改装中の「自由と生存の家」が地震に大丈夫であるなら住んでみたいと希望した。【つづく】
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